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父に名俳優を持つ俳優・寛一郎がグランメゾン東京にレギュラー出演が決定!デビューの経緯とプロフィール!デビュー作は?父の名前は?

どうもこんにちは、営業マンブロガーです。

 

俳優の寛一郎が、木村拓哉が主演を務める日曜劇場のグランメゾン東京に出演することが明らかになった。10月20日から、21時スタートで放送される。ゴールデン連続ドラマレギュラー初挑戦となる寛一郎に注目が集まっている。

 

ここでは、俳優・寛一郎に関しての深堀を2点に分けて解説する。

1点目に、今回のデビューの経緯とプロフィール、父の名前は?2点目は、デビュー作は?

 

 

この2点について解説していく。

 

◆今回の寛一郎デビューの経緯とプロフィール、父の名前は?

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今回のデビューの経緯は、ヒット作を生み出しているTBS看板枠からのオファーがあったそうだ。

寛一郎は「小さい頃から映画が好きで、デビューしてからもずっと映画をやらせていただいて、いわば映画畑で育った僕が日曜劇場に出させていただける日が来るなんて、夢にも思いませんでした。驚きも、不安も、喜びもあります」と率直な心境を語った。

 

 

プロフィールについてである。

彼の父は、俳優・佐藤浩市。祖父は、俳優・三國連太郎。現在23歳であり寛一郎は本名である。

佐藤浩市とは、日本を代表する俳優の1人であり、映画・ドラマ・CMと引っ張りだこの俳優であり、個人賞も数多く受賞している。

浩市の父である三國廉太郎も、名の知れた過去の名俳優だ。

 

寛一郎の具体的なプロフィールについてである。

名前の由来は、早生まれで1600グラムの未熟児だったことから、大きくのびのび育って欲しい、寛大な心を持ってほしいとの意味を込めて名がつけられたそうだ。兄弟は存在せず、一人っ子であった寛一郎は、浩市や廉太郎から可愛がられた。

 

学校は、幼稚園から高校まで成城学園に通っていた。高校時代は、音楽に興味があったようだ。

 

高校卒業後に、ロサンゼルスへ短期留学した。アメリカ留学がきっかけになり、役者への道を選択した。

高校時代、祖母の廉太郎が亡くなったため、役者に対して関心が深くなったとも言われてる。英語力は、定かではないが、役者を目指し、修行で留学を決意したため、今後はハリウッドも視野に入れていると考えられている。

 

 

芸名に佐藤をつけなかった理由は、苗字名前合わせ5文字は、長くて覚えにくいという理由から、佐藤をとったそうだ。加えて、佐藤をつけることで親の顔が見える。それを嫌ったとも言われている。

 

どの取材でも、2世俳優とも呼ばれている現在であるが、そのように呼ばれる覚悟で、俳優の道を選んだとキッパリとコメントを残す。

 

◆デビュー作は?

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俳優として初めて演技をしたのは2016年秋に撮影が行われ、2018年に公開した映画『菊とギロチン』である。監督は、有名な瀬々監督だが、浩市の息子とは知らず、寛一郎を選んだ。瀬々監督は、以前浩市と感染列島で仕事を共にしている。

父のコネではなく、実力でデビューしたのである。

 

その後に、映画『心が叫びたがってるんだ。』を経験。

映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』での演技が評価され、第27回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞した。

その後も様々な賞を受賞し、演技力を認められて今に至る。俳優として順調に経験を積む中、日曜劇場への出演は初となった。

 

 

【終わりに】

 

2世俳優?3世俳優?と呼ばれている寛一郎

親の名誉をつぶすわけにはいかないと、プレッシャーと戦いながら今後芸能界で生き残っていくことになるだろう。

とはいうものの、名俳優の血を受け継ぐ彼であるため、プレッシャーを力に変えることは間違えないであろう。