営業マンブログ〜営業ノウハウと自律神経失調症について〜

培った営業ノウハウだったり、ビジネスに対しての考え方、自律神経などのメンタル部分の記事を書いていけたらと思います。営業コンサルもやっているので是非とも声掛けて下さい。

宗教が理由で結婚できないと言われた友人の話を聞いて思ったこと。宗教がコンプレックスへ感じている人へ。

どうもこんにちは、営業マンブロガーです。

 

僕にも友人がいるわけですが、そんな友人から先日こんな話を聞きました。

その友人は幼稚園からの付き合いがある言わば、幼馴染です。

 

「5年間付き合っていた彼女にプロポーズをしたら失敗した」と。

 

 

世間一般から見ても5年間付き合うって長いですよね?

余談ですが、僕は5年間なんて長期間人と付き合ったことなんてありません。

 

でも5年間付き合うってことはそれだけ価値観があったり、一緒にいて楽しかったり、たくさんの思い出があったりすると思うんです。

 

もちろん、学生時代の5年間だとあまりないかもしれませんが、社会人になってから5年間だと結婚も意識するというか、周りからもあのカップルは結婚するだろうね的な目で見られると思います。

 

それだけ5年間という期間はたくさんの思いが詰まっている期間だと思います。

 

そのプロポーズを失敗した彼はその後、彼女に振られてしまうのです。

正直、僕たちの友情関係はあまり素直な方ではなく、そういう話をされるとそれをネタにしてみんなで笑ってしまうものです。

 

でも正直、僕も何回も失恋の経験があり、彼の失恋経験も何回も見てきていますから心配な部分もありました。

 

 

僕は友人が大事なので、普段言えない思いやそれについての考えを書いていきたいと思います。

 

なぜ、5年間も付き合っていたのにプロポーズを失敗したのか?

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これは気になるところですよね。

僕もなぜ?という気持ちで正直いっぱいでした。

 

これは「宗教」が原因でプロポーズを失敗し、その後振られる結末となるのです。

 

僕は全く気にしたことありませんが、彼自身の祖父母の代から宗教に入っており、彼で3代目となるのですが、ある「宗教」に入っていたのです。

 

決して怪しい宗教ではなく、みんなが一度くらいは名前を聞いたことがあるような宗教です。

 

その「宗教」が原因で結婚できないと言われてしまったのです。

 

これだけ聞くと、「え?それだけの理由で?」と思ってしまうかもしれません。

僕も同じ気持ちでした。

 

 

しかもその友人は別に僕たちにその「宗教」を紹介するわけでもなく、ましてや勧誘なども幼稚園の頃から一緒にいますが、されたことは一度もありませんでした。

 

なので、その彼女に勧誘したりなどは一切していません。

 

しかも熱心に活動していたかと言われるとそうでもないそうです。

勧誘活動なんかもしたことないと言っていました。

 

ただ、彼女自身はかなり気にしていたようで強引に勧誘された友人がいるって話を聞いたりして少し怖くなってしまったようでした。

 

でも僕の親父にその話をしたら「宗教」が理由で離婚する人も珍しくないようだったので、驚きを隠せませんでした。

僕が無宗教だということもありますが。

 

その彼自身は今回の1件で「宗教」がコンプレックスになってしまうのではないかと考えたわけです。

 

今回の話を聞いて僕が「宗教」について思ったこと

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確かに、海外や熱心な宗教者には話が違うかもしれませんが、ほとんどの日本人は無宗教だと言われています。

 

だからこそ、あまり宗教に対する知識や考えが浅いんだと思います。

 

確かに、オウム心理教などは過去に事件を起こすなどして日本では宗教=怖いみたいなイメージがあるということもあると思います。

 

海外などは宗教に入っているのが当然ですからあまりそう言った偏見がないと思います。

 

日本人は鎖国文化もあり、自分が知らないものに対しての拒絶感がありますから今回のことが起こってしまったのかもしれません。

 

でも僕は改めて言いたい。

 

そんな理由で結婚を断ってしまうのはどうなのかと。

 

愛というものは宗教や文化やらも超えてしまうものではないのかと。

 

人を好きになるという行為はごく自然なものであって、本能的なものです。

それなのに、人から聞いた話で勝手に判断してしまうのはどうなのかと。

 

自分がその「宗教」に嫌なことをされたという理由で結婚できないというのであればある程度理解できます。

 

でもあくまで他人から聞いた話を参考にして自分の意思を決めてしまうのはどうなのかと思う。

 

僕は何回もこのブログで「自分自身のことは自分で決めろ」と言っていますが、そこに他人からの目や評価が入ってしまっているのではもったいないなと思ってしまう。

 

ましてや5年間も時を共にしてきて、それを理解しようとしないのは僕はどうなのかなと個人的に思ってしまった。

 

そして「宗教」をコンプレックスに感じている人も少なからずいるのかなと思いました。

 

ぶっちゃけ、「宗教が怖い」みたいなイメージが一部の人間から出来ているのであって、どのコミュニティーにも残念ながら怖い人というのはいます。

 

実際に世間のニュースを見ても、宗教に入っていない人が殺人事件などを起こすような世の中です。

 

なので、一概にそれを決めつけてしまうのは人間を見れていないのかなと思いました。

 

 

終わりに

 

どうでしたか?

今回のブログはかなり個人的な主観になってしまって批判などもあったかもしれませんが、今の僕な正直な気持ちです。

 

愛というのはもっと普遍的なものであると僕は信じたいです。

 

身分が違くても、文化や国籍が違くても成り立つのが愛だと思うのです。

 

なので、僕自身も宗教についての勉強をしていこうかなと思いました。